[story5] 仕事もライフワークも農と土とともに。自分らしい農業とのかかわり方。【in 岩手】

細田真弓ほそだ・まゆみ

盛岡市で生まれ育ち、大学卒業後、都内の外資系アパレルブランドなどで企画営業職として働いた後、盛岡市にUターン。フリーペーパー制作会社勤務後、結婚を機に北上市で米農家に。こだわりを持って農業に取り組む生産者と消費者を直接つなぐため、「町分マルシェ」「きたかみサンデーモーニングマーケット」を立ち上げた。フードコーディネーターの資格も持つ。農業の現場から、岩手の魅力的な食材や生産者を発信し、食や農にかかわる人たちをつなげることで、新しいものが生まれることが喜び。

農業に興味はあるし、土にふれる暮らしもしてみたい、でもいきなり就農するのは不安……

そんな風に迷う人は、少なくないかもしれません。80種類の野菜を栽培する「うるおい春夏秋冬(ひととせ)」で働く細田真弓さんは、自身のライフワークとしてハーブの栽培や販売を手掛けています。農と土とふれあいながら暮らす細田さんの日常から、農業とかかわるヒントが見えてきます。

「自分で野菜を作ることができた!」感動が原点

岩手県のほぼ中央を南北に流れる北上川のすぐそばに、うるおい春夏秋冬の畑があります。畑の隣にある作業場兼直売所で、エプロン姿の細田さんが人懐っこい笑顔で出迎えてくれました。

細田さんは盛岡市出身。大学進学のために上京し、卒業後は外資系アパレルブランドなどの営業企画職として終電まで働く生活を送りました。30歳を過ぎたころUターンを決意。「東京でできることはやり切った」、そんな気持ちだったと振り返ります。

盛岡では契約社員として働きながら、週末は手仕事のマルシェの立ち上げにかかわるなど、人とのつながりを広げていきました。2013年、米農家の男性と結婚して北上市で暮らし始めると、夫や家族とともに米作りに励みながら、自分でカブやミニトマト、ピーマンの栽培にも挑戦。「私でも食べるものを作ることができんだ!」と感動したことを鮮明に覚えているそうです。

農業に足を踏み入れた細田さん。「手間ひまかけたお米を自分の知らないところに流通させるだけでなく、価値や思いを伝えながら販売したい」。そう思うや否や、持ち前の企画力で、2014年に北上市内で「町分マルシェ」を始めました。ここに生産者やクラフト作家など25組が集まり、大勢の来場者でにぎわいました。この第1回マルシェに出店していたのが、うるおい春夏秋冬の経営者・高橋賢さんでした。2015年から、市内のレストランから協力を得ながら「KITAKAMI SUNDAY MORNING MARKET」を毎月開くように。自分たちと同じような思いを持つ若手農家と協力して運営し、細田さんを中心にオーガニックの生産者やその食材を扱う飲食店が集うコミュニティが生まれました。

米農家を離れ、農とのかかわりを模索

米農家として、農業の発信者として、パワフルに活動してきた細田さんに転機が訪れました。結婚生活にピリオドを打つことになったのです。それは“生産者”という立場から離れることでもありました。マルシェやマーケットの代表から退くと決め、どのように生きていくのか、自分自身を見つめる時間を過ごしました。

生産者の仲間たちは、細田さんがコミュニティにかかわっていけるよう農業を続けていく方法を親身になって考えてくれました。「この人たちの近くで農や土にふれて生きたい」。そう思う一方、「1人で農業者としてゼロから始める覚悟を決めることは簡単ではなかった」と当時を振り返ります。

1年近く土から離れるうち、心細さを感じることが増え、「土のもとへ戻りたい」と切実に感じるように。「これから先も農や食の世界ほど心惹かれるものには出会えない」と気づいたと言います。辛かった時間が大切なものを教えてくれたのです。

そんな時、ひらめいたのがハーブの栽培でした。師と仰ぐメディカルハーブの大家と出会い、ひらめきは確信に。「心に開いた穴を埋めるように師匠の言葉が沁みわたってきて、ハーブに呼ばれているんだなと思いました」。

盛岡の師匠のもとに通いながら、信頼する生産者を訪ね栽培や経営の話を聞きました。その1人が、細田さんが始めた「町分マルシェ」の第一回に出店してくれていた、うるおい春夏秋冬の高橋さんでした。栽培や流通の知見が豊富な高橋さんは、細田さんのハーブや農業への思いに耳を傾け、ハーブ栽培のために農地を貸すと申し出てくれました。

農業とのかかわり方について考えを巡らした結果、細田さんが選んだ道。それは、農業経営者のもとで働きながら、ハーブ栽培の経験を積み重ねることでした。

そこで再び高橋さんを訪ね、うるおい春夏秋冬の将来像や、自身が果たせる役割をプレゼンテーションし、ここで働かせてほしいと伝えました。この時、うるおい春夏秋冬では求人は出していませんでしたが、高橋さんは「うちでよかったら」とスタッフとして迎え入れることを即決してくれました。

2020年3月、細田さんはうるおい春夏秋冬の一員になりました。高橋さんが力を入れたいと考えていた対面販売やイベントの企画運営のほか、飲食店や産直からの受注や配達、SNSでの発信、労務管理などを任されることになりました。

前職が寿司職人の高橋さんはお客さんとの交流が好きで、消費者や飲食店とのコミュニケーションを大切にしてきましたが、生産規模の拡大とともに畑の管理に追われることも増え、なかなか交流の機会を持てずにいました。「それぞれの野菜へのこだわりをもっと発信したいし、対面販売でも伝えていきたい。そういった、やりたいけれど手が回らない部分で細田さんの力を発揮してもらえるのはありがたい」と心強く感じているそうです。

経験を活かして働きながらハーブを育て続けたい

夏場はほぼ毎週末、野菜のことを伝え販売するため、マルシェやイベントの会場へ。「人が好きだから、お客様の前に立ちたい」という細田さんにぴったりの業務で、「自分の得意分野と、時には前職で培った営業のスキルも活かして働いています」と語る表情から充実感が伝わってきます。

「一番好きな仕事」は飲食店への定期配達。収穫した野菜を袋詰めし、岩手県内のシェフのもとに届けて回ります。ユニークな調理法を教えてもらったり、生産現場のことを尋ねられたり。「彼らとのコミュニケーションの中に、料理と農業、お互いにとってのヒントがあるんです」。

社会人スキルは現場作業や勤怠管理の効率化などでも活きています。googleフォームを活用した飲食店向けの注文票もその一つ。ファクス、メール、電話などで受けていた注文を効率良く正確に管理したいという高橋さんの要望を受けて、注文票を作り、そのリンクを毎週シェフにLINEで送る方法を提案。受注の管理が簡単になり、シェフたちとの連絡も取りやすくなりました。

勤務開始と同時期に始めたハーブ栽培は、欠くことのできないライフワークです。育てているのは、バジルやセージなどよく知られる品種から、色鮮やかな花が美しいマロウ、カレンデュラなど多種多様。「イネンカウコ」のブランド名でフレッシュハーブや苗木の販売会を開いています。

イネンカウコの活動は、勤務時間の前後や休みの日が原則ですが、うるおい春夏秋冬の卸し先の飲食店に販売することも増え、仕事とライフワークが有機的につながり、相乗効果を生み出し始めています。

「自分の好きなハーブを育てながら、経験を活かして農業に貢献できているのが、自分にはちょうど良いと感じています」。

うるおい春夏秋冬について「やりたいことにチャレンジできる空気がある」と話す細田さん。独立後を見据えて、挑戦したい野菜の試験栽培をする若いスタッフもいるそうです。

農業の始め方を迷っている人へのアドバイスをお願いすると、「就農にはお金もかかるし、やってみないと分からないことも多い。まずは雇用される形でかかわってみるのもアリです!」。もうひとつは「求人を出していなくても人材が不足している農業者は多いので、やりたいことや、できることを伝えれば、働き方を一緒に考えてもらえることもあると思います」とエールを送ってくれました。

農業とのかかわり方を真剣に考え、自分らしくかかわる道を開いてきた細田さん。道のりはこれからも続きます。夢は「ハーブの畑を教会のような祈りと癒しの空間にすること」。女性たちが悩みを浄化し心穏やかに生きていくために集えるハーブ畑をつくるため、栽培だけでなく、経営についても学び続けています。

「食を生み出せる現場にいられることが幸せ」と何度も話してくれた細田さん。揺らがない軸さえあれば、農業とのかかわり方はもっと自由でいい、そう教えてくれました。

お気に入りグッズ

ハーブの手入れや野菜の収穫の時には、ベトナム帽と手ぬぐいが必需品。ベトナム帽は近くのホームセンターで購入でき、通気性が良く蒸れにくいので快適です。
農園情報

うるおい春夏秋冬(ひととせ)

〒024-0051 岩手県北上市相去町相去64

TEL:【FAX番号】 0197-67-5717

https://uruoihitotose.com/

https://www.instagram.com/uruoihitotose/

https://www.facebook.com/uruoi.hitotose/

今の職域:

取材・文  手塚さや香

写真  hana ozawa

編集  虫明麻衣

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