農業というと畑で作物を栽培するイメージが浮かびがちですが、実は事務職として農業に関わる道もあるのです。株式会社野菜くらぶの販売課で働く濱田陽さんも、そんな一人。野菜くらぶと契約している生産者と、生産した野菜を販売する相手の間をつなぎ、栽培計画と注文を調整する仕事をしています。オフィスでパソコンを使って働く時もあれば、畑に出向いたり、トマトを箱詰めしたり、生産者と消費者の交流イベントを計画したりと、さまざまな現場で活躍している濱田さんに、お話を伺いました。
計画立案に交渉、検品や包装まで担当
群馬県北部、赤城山麓にある昭和村に、濱田陽さんの働く「野菜くらぶ」の本社があります。
野菜くらぶは、昭和村で農業を営む3人の生産者が、「減農薬の野菜がほしい」というお客様の声に答えて、除草剤や土壌消毒剤を使わず、化学肥料もなるべく使わない栽培を始めたところからスタートしました。野菜の卸先は、生協やモスバーガーなどの飲食店、こだわりの食材を扱う小売業者など。今では、70を超える契約生産者の野菜を、それを必要とするお客様に販売しています。
濱田さんは、生産者とお客様の間に立って、年間の栽培計画の立案や翌週に届ける作物の数量提案、資材高騰による価格交渉などの仕事をしています。
「契約栽培となると、当然お客様対応が必要となります。もともとは生産者が兼務していたのですが、『今日は種をまきたい』『今日は防除(病害虫などの予防と駆除)をしたい』『今日は収穫したい』というタイミングで、お客様対応をしていると、どうしても栽培が計画通り進められない。そういったことが続いて、野菜くらぶでは事務の担当者を雇い始めました。農業関係の事務をやる人材って、実はかなり必要なんです。農業に興味はあるけれど体力に自信がないから無理じゃないか、と思っている人にはこういう仕事があると知ってほしいですね」
濱田さんの仕事は多岐に渡ります。地元の給食センターも取引先の一つで、給食センターに野菜を届けに行くこともあります。納入された野菜の選果、検品、包装をやる日もあります。
「袋詰めの作業場がない生産者さんもいるので、包装をうちで請け負っているんです。主にレタスとトマトと白菜ですね。梱包が間に合わない時には、トマトを入れるための箱を折ったり、詰めたり、レタスに包装フィルムを巻いたりしていることもあります」
最近では、ウェブで生産者と消費者をつなぐ交流会なども行っているため、その打ち合わせや動画作成、告知のチラシに載せる写真撮影、コメント取りなどをすることもあるそうです。
花が咲いても実はならない。枝豆で栽培計画の難しさを実感
濱田さんは2010年、新卒で野菜くらぶに入社しました。農業への興味は、立命館アジア太平洋大学(APU)での経験から培われました。
「高校生の頃からアフリカでの医療支援に興味があり、生徒の半数が留学生という国際色豊かなAPUに入学したんです。でも、いざ、さまざまな国籍、人種の人たちが集まる場で現地の話を聞いてみると、自分のフィジカル的な非力さを実感してて、少し違うことを目指そうと考えました」
そんな時に大学の友人が誘ってくれたのが、フィリピンでの水道整備のボランティアでした。フィリピンに行き、現地の主要産業は農業だと実感した濱田さん。そこから、農村地域で所得を増やすにはどうすればいいかという研究に没頭しました。
フィリピンの農業開発について調べるなか、日本の農業はどうやっているのか気になった濱田さんは、就職活動で農産物の販売に関わる会社を探していました。そこで「農業 流通」というワードで検索をかけた時に見つけたのが、野菜くらぶだったのです。
濱田さんが入社した時の野菜くらぶは、社員8名という規模。小さい会社ならではのスピード感と柔軟性が性に合うと感じました。
「例えば、スケジュール管理を共有したほうがいいと思い、上司に『こういうツールを使ったやり方はどうですか』と提案したら、その場で『それでよろしく』と採用される。もう明日から実践しよう、となるんです。決裁権限も1年目から大きくて、結果さえ出せば任せてもらえる社風でした。それがすごく働きやすいと感じました」
濱田さんは今、ほうれん草、小松菜、青梗菜、ニラなどの葉物、そして豆類などの販売を担当しています。以前の担当はブロッコリーや白菜などで、現在の品目担当になったのは2年前。中でも、枝豆の栽培計画は難しいと感じています。
「今年、お客様に『7月2週目あたりに枝豆の特売の企画を組みたい』と言われたので、『いけます』と答えました。例年たくさん収穫できる時期ですし、今年も播種や定植、発芽が順調、花も咲いていたのでいけると思ったんです。でも、花が咲いても、そのまま落ちちゃったら実がならないんですよね。その後、落花が多くて結局ぜんぜん収穫できない生産者さんが出てきてしまったんです。花の咲き具合だけ見ていてもだめなんだという学びになりましたし、どの時点でお客様に収穫量の予測を伝えればいいのかの判断が難しいと感じました」
逆に、安定して栽培できるのは小松菜。ほうれん草より病気に強く、生育も早いといいます。
「種をまく品目なので、うまく育たなかったら、一からやり直しやすいんです。一方、作りやすいということは、よその生産者もたくさん作っているということ。販売は一番苦戦する品目です。でも、ほうれん草の生育が悪いと、代替で途端に小松菜の需要が高まるんですよね。売れる見込みが立てづらいので、どれくらい種をまいていいか、生産者さんに伝えるのに悩みます。そのあたりの調整は、まだ模索中です」
畑を見れば、すべてがわかる。納得感をもって働ける仕事
濱田さんは、過去のデータから作物の生育状況を予想し、生産者への声掛けやお客様への販売提案をしています。
「例えば、2022年の8月頃にある作物のAという病気が出ていたら、もう2023年の8月の同じ時期に『Aの病気が出やすいから、○○さんの畑にチェックしに行く』といったスケジュールを書いておくんです。今年までに起こった失敗は、来年防げるようにしておきます。あとは生産実績をデータ化して、この週は1週間でこのくらい収穫できるといったことを、過去3年分のデータから算出しています」
「性格的に、先々のスケジュールを組むのがすごく好きなんです」と笑う濱田さん。生産計画を組むのは、天職と言えそうです。
自分で作物を栽培しているわけではありませんが、担当する品目の生育状況は常に気になるところ。天候の変化や流行りの病気、虫の発生などには敏感です。
「畑に行くのは週1、2回ですが、毎日行く時期もあります。例えば、お客様が作物の入荷を待っているけれど、なかなか収穫できるところまで育たない、という時。毎日見に行って、少しでも育っていれば『いける』と判断します。でも、生育が止まっちゃったとか、枯れ始めてるとかであれば、ダメだと判断しないといけない。私は生産者が『いやぁ、まだじゃない?』と言っていても、『いけます!』と結構強気にいきます(笑)」
生産者にとっては畑がホームなんだ、と感じるという濱田さん。
「畑だと、生産者は本心を話してくれるんですよね。例えば、『これちょっと種まきが早すぎてトウ立ち(※)しちゃったんだよね』といった失敗も、正直に言ってくれる。お客様と話す時も、会議室で椅子に座って……となると口数が少なくなるので、商談の場を畑に設定することがあります」
※「トウ」は花を咲かせる茎の意味。花芽がついた茎が伸びた状態を「トウ立ち」という。ほうれん草や小松菜などの葉野菜類、大根やにんじんなどの根菜類は、生育の初期にトウ立ちすると、花芽に養分がとられ、葉が固くなり根の栄養が少なくなってしまう。
畑の存在は、濱田さんにとっても仕事のやりがいにつながっています。
「畑を見れば、何が起こっているのかがわかる。これ以上わかりやすいことってないんです。生産者から『作物があふれて困っている』と連絡があり、畑を見たら本当に余っている。そうすると『よし、売らなきゃ!』と思います。売れたら、畑の作物はなくなってすっきりするし、生産者からも感謝されます。『台風が来てボロボロになっちゃった』と言われて見に行けば、本当にボロボロ。こうなったらもう、お客様に潔く謝ります。実物がある、ということの納得感は大きいです」
野菜くらぶが創業した群馬県・昭和村に本拠地を構え続けていることも、この「実感の大切さ」につながっています。
「東京に事務所を持っている生産者団体もいろいろあります。東京にはお客さんが多いし、営業しやすい。でも、私たちはここに居続けると思います。『スコールが来た!』『雹が降って大変!』といった連絡が生産者から来た時、私たちは外を見ればすぐにわかる。本当に大変な事態が起こっている、と実感できるんです。『今年は寒い』『今年は暑い』といった生育に直接関わる気温も一緒に体感できます」
「市場を通さないって、どういう販売ルートなんだろう?」と、流通への興味から野菜くらぶに飛び込んだ濱田さん。それから12年経った今、生産者に寄り添い、丁寧に栽培された野菜を届けていく日々は、まだまだ続きそうです。