[story8] 「農家」がゴールではない。何者にもなれる幸せの仕事 【in 熊本】

月野亜衣つきの・あい

福岡県出身。大学進学とともに上京し、大学卒業後は不動産会社に就職。結婚を機に石川県へ移住し特別支援学校の教師として勤務。2011年3月に夫・陽さんの実家である熊本県合志市に移住、翌年4月に「うさぎ農園」をスタートさせた。販売、開発・PR・営業を担当しており、農園のムードメーカー。

●月野亜衣さんにご登壇いただきました●
【1/17(火)「me&Agriトークイベント」】わたしらしい“農ある生き方”をつくる、キャリアのヒント ※イベントは終了いたしました。

「農業は大変」「農家は過酷」というイメージがあるかもしれません。でもその考えを一掃してくれる女性が熊本県にいます。彼女は「うさぎ農園」の月野亜衣さん。1万6000人のフォロワーがいるSNSでは、楽しそうに料理をしたり、時には踊ったりする彼女の姿が。スタッフはカラフルなユニフォームに身をつつみ、農園に集まる人たちはのびのびと楽しそうにしています。育てるのは化学農薬・化学肥料未使用のカラフルな西洋野菜。その華やかなビジュアルと確かな品質から、熊本県内の飲食店からの支持も厚く、今では全国から注文がある農園となりました。「やりたい事が、農業ならすべて叶ったんです」と話す彼女のこれまでとこれからを伺いました。

誰もが笑顔になるカラフルな野菜に込めた思い

水と緑が豊かな熊本県合志市にある「うさぎ農園」。昔から代々続く農家に囲まれて農業を始めたのは2012年4月のこと。夫である陽(よう)さんの実家である馬牧場の跡地を開拓し、未経験の農業を夫婦二人三脚でスタートさせました。

育てているのは色とりどりの西洋野菜。うさぎ農園の代名詞でもある色鮮やかな人参、滲むような紫色が特徴のビーツ、色の付いた大根など、どれもスーパーでは見かけないような野菜ばかり。それらを無農薬・無化学肥料で年間約200種類栽培していると聞くだけで、相当の苦労が伺えます。

「この土地で西洋野菜を育てるのは、本当は向いてないんです。カラッとしていて湿気のないイタリアなどで主に栽培されている野菜なので、湿度が高く寒暖差の激しい日本で、しかも九州の熊本での栽培は難しいことの連続でした。」

ではなぜ西洋野菜を育てるのだろう。その根幹にあったものは、明るく人思いの亜衣さんらしい思いでした。

亜衣さんは就職のため東京へ上京。研修先である自衛隊で指導していた陽さんに一目惚れし、結婚を機に石川県へ移住しました。

「石川県に移住して半年くらいは、専業主婦して生きていくつもりでした。だけど根っからの体育会系女子で、じっとしていられなかったんです。

自分のやりたい事を考え、特別支援学校に教師として勤めることにしました。私が担当していたのは脳性麻痺(まひ)を持った子や、言葉がきちんと話せない子どもたち。物質の形を、健常者と同じように捉える事が困難な子どもが多かったんです。だけど、彩度の高いものや香りが高いものなどは感じる事ができるし、もちろん味の美味しさは分かるんです。それを目の前で見ていたら、そういった子どもたちの視覚にもしっかりと入ってくる、華やかな食材を自分で作り、彩り豊かなごはんを食べてもらいたいって思ったんですよね。」

そこで、亜衣さんは夫の陽さんと共に、カラフルな西洋野菜を作る農業を始めることを考えます。

しかし、夫婦ともに安定した公務員の職を捨ててまで九州で農業に挑戦することに、畜産業をしていた陽さんの身内からの大反対がありました。そこで二人は、石川県から1000キロも離れた熊本県に月に一度通い、作った計画書を見せながら、半年間、何度も説得したそうです。

そういった苦労もありながら、ようやくスタートできた農業生活。未経験の2人が始めたのは資金調達でもなく修行でもなく、まずは勉強だったと言います。2人分の退職金と貯金を切り崩しながら、陽さんは農業大学校に通い、亜衣さんは野菜ソムリエの資格を取得。農家になるなら野菜を美味しく食べてもらいたいとの思いから料理教室に通い、保存食の勉強などにも取り組みました。

また、当初は今のようにSNSが浸透していなかったため、「農業 新規就農」という検索ワードで出てきた、全国の気になる農家を訪ね、野菜作りや農法を学ぶ日々を送りました。

「石川の能美市に、若い米農家の夫婦がいて会いに行ったんです。農業の現状を聞いたり、若手農家を紹介してもらったり。そんな中、わずか三反の畑で1,000万円を売り上げる農家さんを紹介してもらったんです。自分で作る野菜を漬物などの加工品にして販売してる姿を見て、それが今の就農スタイルにつながりました。」

例えば、育てるのが難しい西洋野菜を専門とすると決めた時、しっかり育てて収益を上げるまでには時間がかかると考えた亜衣さんは、あらかじめ加工品作りを想定した加工場を建てました。

うさぎ農園の加工品は、かわいいピンクのビーツドレッシングや爽やかな香りのバジルペースト、いろんな料理に使える生姜(しょうが)焼きのタレなど、常に10種類ほどのラインナップがそろいます。

「作物が出来たから加工品を作る」のではなく、栽培が難しくリスクのある西洋野菜を扱うからこそ、あらかじめそのままは出荷できない作物のことを想定に入れて加工品を作ったり、特定の品種を作るのではなく野菜をセット売りにすることで、リスクを分散しています。

その土地でできることを、できるだけ。亜衣さんの挑戦は常に選択の連続ですが、そのスタイルが今のうさぎ農園に繋がってるように思えます。

発信すること。内容は農家らしくなくてもいい

「農家としての一年目の売上は62万円だったよ。」照れながら話す亜衣さんですが、農家になろうと決めた時から続けていることがあるそうです。それは、農家になるまでのプロセスを書いたブログを書くこと。自分のための日誌という役割もありましたが、教員時代に情報を専門としたため、「発信すること」の重要性を知っていたからだと話します。

そのねらいは、野菜を販売するためではなく、どのように野菜や加工品を作っているかをネットを通じて見てもらうことで、信頼や安心感を持ってもらうためでした。

また、ワーゲンバスを購入し、ワッフルや加工品を乗せて、さまざまなマルシェやイベントに毎週というほど参加していたと言います。そのような甲斐があってか、うさぎ農園の名前は、瞬く間に県内に広まりました。

また、SNSでの発信だけではなく、東京などの大型都市でのイベント出店や講演会などにも出て、農業の楽しさや野菜の美味しさを広める活動にも尽力している亜衣さん。

2020年に熊本で豪雨災害があった際には、instagram上でフォロワーとLIVEミーティングを重ね、自身も被害を受けたにもかかわらず、より被害の大きかった地域への支援金集めに奮闘。250万円もの義援金を人吉・球磨地方に寄付しています。

亜衣さんは、農家だから農業だけをするのではなく、野菜を大切にする気持ちと同じくらい、人と地域を大切にしたいと言います。SNSのフォロワー数以上の、数えきれないファンが全国各地にいることも納得です。

今後の夢は「農福連携」。農業を始めて10年。野菜の作り方が定まってきた今だからこそ、障がいのある人を雇って一緒に農業をしたいと話します。健常者・障がい者という区別をせず、自然の環境で伸び伸びと働き、農業で生活ができる人をもっと増やしていきたいというその夢は、亜衣さんであればすぐに叶えられそうだと思わせてくれます。

自分を照らし、そして周りをも照らす農業人の亜衣さん。その姿は、これからの農業を志す人にとって一筋の希望です。

●月野亜衣さんにご登壇いただきました●
【1/17(火)「me&Agriトークイベント」】わたしらしい“農ある生き方”をつくる、キャリアのヒント ※イベントは終了いたしました。

お気に入りグッズ

農園はでこぼこが多く、雨が降れば滑り、乾燥すれば土埃がすごいんです。地下足袋だったらどこでも駆け回れますし、たびたび脱走する馬を追いかけ回すことだって出来ます(笑)
農園情報

うさぎ農園

〒861-1103 熊本県合志市野々島1295

TEL:096-242-7855

https://www.usagi-farm.com

https://www.facebook.com/usagifarm/

https://www.instagram.com/usagifarm_ai/

今の職域:

取材・文  大塚淑子

写真  大塚淑子

編集  虫明麻衣

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