[story6] 接客業から農業へ。宝石のようなフルーツトマトを愛でる日々 【in 茨城】

木村優花きむら・ゆうか

新卒でスーパーマーケットを運営する会社に入社し、店舗での接客業務を担当。農産物を販売するだけでなく、一次産業や二次産業の工程にも携わりたいと考えて転職活動を開始。2022年2月、株式会社ドロップに入社。ドロップの運営する農場「ドロップファーム」で、トマトジュース工場などの仕事を経験した後、トマトの栽培管理者に。好きなアーティストはMr.Children。趣味はレザークラフト。

「なんてキラキラしたトマトだろう!」木村優花さんはそんなときめきから、農業の世界へ足を踏み入れました。茨城県水戸市にある「ドロップファーム」では、高糖度・高栄養価のフルーツトマトを専門に栽培・加工しています。接客業から、このドロップファームを運営する株式会社ドロップに転職した木村さん。現在は「わからないことだらけ」のトマト栽培から、前職の経験が活きる直売所での販売業まで担当しています。会社員として農業の現場で働くようになった経緯や現在のお仕事についてうかがいました。

地元で転職先を探し、見つけたのがドロップファームだった

木村優花さんは、2022年1月までスーパーマーケット運営会社の正社員として働いていました。商品として食品を扱うなかで「農作物や畜産物が売り場に並ぶ前の工程に携わりたい」という気持ちが芽生え、転職先を探し始めたのです。木村さんは茨城県生まれ、茨城県育ち。地元で働きたいという気持ちがあり、茨城県内の農場や食品加工会社の求人情報を検索していたときに見つけたのが、ドロップファームという農場でした。

「サイトに映っているトマトがきらびやかで、まるで赤や黄の宝石みたいだったんです。その写真にすごく惹かれました。トマトは今まで売り物、食べ物としか見ていなかったけれど、この会社では加工や栽培というもっとトマトに近い目線で仕事ができるのかなと。それはすごくおもしろそうだと思ったんです」

ドロップファームが出荷している「美容トマト」は、木村さんが働くスーパーマーケットで取り扱っていました。実際に購入したこともあり、その品質の高さは以前から実感していたのです。

「ここのミニトマトを1回食べると、あまりに甘くておいしいので、他のミニトマトは食べられなくなっちゃうんですよ。そんな魔法みたいな力を持ったトマトだな、と思っていました」

転職情報を一緒に見ていた姉も、「この会社、社長が女性だし、農場もきれいだし、良さそうだね!」と賛同。木村さんはすぐにハローワーク経由でドロップファームの求人に応募することにしました。

「私は優柔不断な人なので、こんなに行動的になったのは初めて。自分でも意外でした」

転職することを周りに伝えると、両親は「え? 今から農業をやるの…?」と訝しげなリアクション。これまでまったく農業経験がなかった娘が農場で働くというのだから、無理もありません。でも、スーパーマーケットの同僚は「そういう仕事、案外木村さんに似合っているかもしれないね!新しいことに挑戦するのはいいと思う」と前向きに送り出してくれました。

スプーン1杯分の水で、トマトの割れが左右される

2022年2月にドロップファームに入社した木村さん。ドロップファームでは高糖度のフルーツトマトの栽培と、トマトジュースへの加工をおこなっています。入社時に希望した配属先はトマトジュース工場でしたが、ビニールハウスや出荷場での作業など、幅広い業務を経験するうち、だんだんとハウスでトマトを栽培する楽しさに魅入られました。会社からも栽培に適性があると判断され、4月からはビニールハウスの栽培管理者として働いています

ドロップファームで栽培しているミニトマトは、フルティカ、小鈴、アイコ、イエローアイコの4種類。木村さんのお勧め品種は、小鈴だそう。

「小さくてすごく甘いんです。濃縮された味がして、デザート感覚で食べられます」

これらのトマトが、ビニールハウス1棟に2000本ほど植えてあります。ドロップファームが採用しているのはアイメック農法。無数の小さな穴が開いた特殊なフィルムに養分を含む水分を含ませ、その上にトマトの根を張り付かせて栽培しています。

トマトは灌水量(植物に注ぐ水の量)を抑えることで、糖度を高めることができます。しかし抑えすぎると枯れてしまうため、土耕栽培で適切な灌水量を見極めるのは至難の業。それゆえに、高糖度トマトの栽培は、熟練した生産者にしかできないと考えられていました。

その問題を解決したのが、アイメック農法です。フィルムによる給水制限で、枯れない程度の適度な水分ストレスをトマトにかけられるようになり、高糖度、高栄養価のトマト栽培が容易になったのです。土を使わず栽培できるため、農薬の使用を抑えられ、大量の水を使うこともありません。クリーンな農法であることが木村さんには魅力に映りました。

「甘くておいしいトマトがつくれる上に環境にもやさしいなんて、それに越したことはないですよね」

10月末から6月末まではトマトの収穫期。朝出勤したら、気温が上がる前にビニールハウスでトマトの収穫を始めます。熟した果実は、へたのすぐ上の節を指で折るとプチッと簡単に収穫できます。収穫量の多い時期は、収穫作業だけで1日が終わることも。ビニールハウス1棟でだいたい50キロ以上のトマトが収穫できます。

収穫以外の時間は、中心の太い茎を支柱に沿ってまっすぐ立てるためのクリップ留めや、葉の付け根から出てくる不要な芽を取る「芽かき」などを行います。

「クリップで留めたところから茎が成長すると、上がだらんと曲がって折れてしまったりするんです。そうならないように、クリップの位置を調整していきます。いうなれば、トマトのお世話ですね」

お世話のなかでも一番難しいのは、灌水だと木村さんは言います。もともとアイメック農法での灌水は1箇所にスプーン1杯分くらいしか必要ありません。だからこそ、繊細な匙加減が求められます。

「ちょっとしおれているかも、と思っていつもの回数より多く水をあげちゃうと、次の日に水分過多でトマトが割れてしまったりする。水分や養分が多いと割れの原因になるんです」

他にも、雨が続いてから急に晴れて気温が上がるなど、不安定な天候も割れにつながるそうです。雨が降ったり曇天が続いたりしたときは、灌水の回数を減らします。

「どういう割れ方をしたら何が原因と考えられるのか、先輩にばんばん聞いています。トマト栽培の達人みたいな方がいるんです。灌水量の見極めは、まだ正解が見つからないですね。もしかしたら答えなんてないのかもしれません」

6月末には収穫期が終わり、生のトマトの販売は終わります。苗は植え替えられ、また9〜10月頃から収穫が始まるのです。

週休二日。農業は大変、は思い込みだったのかも

2022年3月には、農場に併設してドロップファームの直売所がオープンしました。直売所ではカップに入ったトマトやトマトジュースなどが購入でき、木村さんはそこのスタッフも担当しています。ここで、スーパーマーケットでの接客の経験が活かされました。

「買いに来てくれるお客さんの反応が見られるのは楽しいですね。4歳くらいの子が、小鈴が気に入ってよく食べているそうなんです。普通のトマトは苦手でも、ここのトマトは甘いからおいしいって」

知り合いにも積極的にドロップファームのトマトを勧めています。食べるとみんな「おいしい!」とリピーターになってくれるのだとか。「よそのトマトが食べられなくなる魔法をかけています」と笑う木村さん。自分が栽培したトマトに、みんな夢中になってくれる。そこにやりがいを感じています。

農業についてのイメージも、自分でやってみることによって変わったそうです。

「やる前は、農業というと畑を耕す作業が思い浮かんでいましたが、ここではそんなこと全然しないんですよね。機械化も進んでいるし、シフト制なので週に2日はお休みがとれます。農業だから大変そうと思わず、興味があるなら悩まないで飛び込んでみるのもいいのかなって」

作ったものを「おいしい」と食べてもらう。この経験から木村さんは、将来的にカフェをやってみたいと思うようにもなりました。おいしいごはんとドリンク、そして趣味のレザークラフトの小物を販売するのです。

「古民家カフェをめぐるのが好きなんです。居心地がよくていつまでもいたくなる、そんなお店がたまにあるんです。居心地のいい空間をつくるって、難しいけれどやりがいがあることだと思います」

キラキラしたトマトを愛でる日々のなかで、木村さんの夢は着実に広がっています。

お気に入りグッズ

「スマートフォンやメモ帳、ボールペンなどを入れるウエストポーチ。ベルトに装着する仕組みだったところを、直接ベルトホールに付けられるよう得意のレザークラフトで改良しました。ボールペンなどをいろんなところに置いて忘れてしまうことが多くて。これがあれば、持ち物を全部入れて持ち歩けるので楽なんです」
「首からかけるタオルはMr.Childrenのツアーグッズ。好きなバンドのグッズから力をもらっています。農場にはラジオがかかっており、そこでミスチルの曲が流れると思わず心が弾みます。いつも聞いている番組がミスチル特集をやってくれると、もう天国にいる気分です」
農園情報

ドロップファーム

〒311-4207 茨城県水戸市成沢町870-7

TEL:029-246-6711

https://www.dropfarm.jp/

今の職域:

取材・文  崎谷実穂

写真  村上未知

編集  虫明麻衣

この記事をSNSでシェアする