ひと口に農業といっても、畑で農作業をするだけが仕事ではありません。肥料や農業資材などの在庫管理といった事務仕事。加工品の製造を行っていれば、商品開発や広報など、事業内容によって求められる職種は多岐にわたります。農業に関わりたいけど、これまで培ってきた経験も活かしたい。そんな人にこそ向いている仕事があると、教えてくれた熱い女性がいます。
土に触れるだけじゃない、農業の仕事
訪れたのは、農業大国・北海道は幕別町にあるベルセゾンファーム。2011年に有機JAS認証を取得した折笠農場で育てた、ジャガイモやトマトなどを使った加工品開発を行っています。村上寿世さんは、折笠農場で農作業にも携わりながら、加工品を製造する工場長として2018年に中途入社しました。
村上さんの職歴は多彩です。高校を卒業し、ナチュラルココというオーガニックの加工品や食材を扱う店で働きました。そのあと、「農の現場に携わってみたい」と、少しだけ農業に関わることはありましたが、その後は職を転々としながら、バックパッカーとして海外と日本を行き来していました。
現職に就くきっかけとなったのは、前職の観光協会でのお仕事。あるプロジェクトに誘われ、そこに参加していたのが折笠農場の社長、折笠健さんでした。それから農作業を手伝ったり、商品開発の手伝いをしたり、少しずつ関わりを持つようになりました。
観光協会を退職し、村上さんが自ら立ち上げた仕事を閉じることにしたちょうどその頃、折笠農場が求人を始めました。入る予定の人が急に来られなくなったことで、村上さんに直接声がかかったそうです。
もともと食に興味があったのですか?と尋ねると、ゆっくり振り返りながらお話をしてくれた村上さん。「そう言われると、ジュースは飲まない高校生でしたね」。
高卒でナチュラルココに勤めたとき、「お客さんに自信を持っておすすめしたいから」と、誰よりオーガニック食品を取り入れた生活をしようと心がけていたこと。玄米や味噌、梅干しを食べる生活をしていたら、身体に力が入るようになったことを教えてくれました。
そんな村上さんにとって、有機栽培や自然栽培に取り組む折笠農場で働くことは、違和感のない選択だったのでしょう。マルシェや商品開発の手伝いをしていたこともあり、村上さん曰く、「とても自然な流れで」入社することになりました。
専門知識は、必要に応じて身につける
最初に取り組んだのは、加工品の工場を作るための補助金申請です。「いつか赤ちゃんが安心して食べられるベビーフードを作りたい」という夢を持っていた折笠社長。5歳の甥っ子と2歳の姪っ子を持つ村上さんも社長の思いに強く共感しました。
専門的な知識は何も持っていませんでしたが、実現に向けて、特に食品衛生に関しては猛勉強をしました。
「JGAPなどの認証取得」と聞くと、未経験の人にできるのだろうかと思ってしまうのですが、「これまでやってきた事務仕事と一緒です」と、村上さんはあっさりと言います。
認証取得と言っても、記録を付け、提出するのが主。在庫数の管理や記録など、やっていることは一般企業の事務と変わらないのだそうです。一つひとつ、調べたり人に聞いたりしながら、必要であれば勉強して乗り越えてきました。
たくさんの職を経験してきた村上さんですが、今は「これまでやってきた経験がすべて活かされている」と感じています。
一番役に立っているのは、最初に勤めたナチュラルココでの経験です。まずは自分が商品を使ってみることで得た徹底的な消費者目線が、商品開発に活きています。「一番意識しているのは、手に取りやすい価格かどうか。そうじゃないと、お客さんにも薦めにくい」。
ベルセゾンファームの良さは、生産する現場と加工する工場が一体になっていること。「あれを作りたい!」と思ったら、いつでも試作することができます。それゆえ、改良の終わりが見えず、完成したのに作り直すことも何度もあるそうです。
「大企業じゃないからこそ、未経験でも商品開発に携われる。そこも小さな会社の楽しさのひとつです」。今では、ソムリエや料理人から評価を受け、メディア取材も増えてきました。
側でやりとりを聞いていた折笠社長は、村上さんのことをこう評します。「食卓をイメージできるか、それが一番大事。それが、元から農家だった人には持ちにくい感覚。バランス感覚を持ちながら、こんなにも自分ごとでやってくれる人はなかなかいない」。
「長く一箇所で勤められない」と思っていた自分が、ベルセゾンファームに来てから変わったこと。信頼する上司と働ける喜び。いろいろな思い出が蘇った村上さんの瞳には、涙が光りました。
大切なのは、知識よりも食への熱い思い
新たに農業に挑戦する人に一番必要なものは、農業の知識より、やる気や食への興味といった部分なのかもしれません。村上さん自身も、「後からでも身に着けられる知識やノウハウより、前職で身につけた経験を活かすなど、別の領域のできることを活かしてほしい」と語ります。たとえばSNSの発信が得意であれば、それも大きな武器になるでしょう。「作りたい!という熱い思いがあったら、やっていけます!」
これからの夢は、「オーガニックといえば、ベルセゾンファームと言われるようになること」。
「雇われている」という感覚を超えて、自分ごととして熱く仕事に取り組む姿勢が印象的で、どうしてそこまでできるのか、思わず尋ねました。野暮な質問に、村上さんは「工場の立ち上げから関わらせてもらったからかなぁ」と、答えてくれました。
高校生の頃から小さく抱いていた食への興味を、納得感を持ち、人生をかけてまっすぐ追求できているというやりがいも、大きいのかもしれません。
最近では農家が六次化を行って自社商品を開発しているところもたくさんあります。農業の現場に携わりながら商品開発にも取り組んで、これまでの経験を活かしたい。そう考えている方は、六次化を進めている農家を探してみるとよいかもしれません。
「商品開発の現場は、食卓をイメージできる女性を心から求めています!」と村上さん。女性の目線を活かした商品が、食卓にたくさん並ぶ未来がくることを願って。